2009年12月 6日

義父の字

明日からのお出かけ(義父の納骨)に備え、犬たちをペットホテルに預けに行った。 義父の家からお散歩コース途中なので、二匹はリードをみて、大喜び! ペットホテルに着くと、不意に犬たちの名前に「ちゃん」づけで呼ばれた。

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2009年9月 9日

初七日

総選挙から一週間。

世間ではそんな名前の日曜日、義父の初七日でした。

 

快方に向かっている...家族が信じていたのに、なんとも悲しく悔しい結果になりました。

ずっと会わずに我慢していた子供達は、最期の対面の時、「じいじに会えるんだ!よくなったんだね!」とても喜んでいました。

私もパパも子供達に返す言葉がありませんでした。

 

 ちょうど明日は月末という日曜は夜中まで集計に時間がかかり、お給料計算もパソコンにいれるだけ(のはずが集計もれがあった)で夜中マックを買ってパパに渡し自宅に戻った直後、呼び出しでした。

子供達はぐっすり眠っていたのでそのまま車に乗せ、病院まで高速を走り、着くと処置中で入れないから待っててと車内で朝まで待ち、7時になってもまだ病室に入れてもらえないのでいったん自宅に戻って私は銀行まわり、パパは子供達と出直そうということに。

高速に乗ってすぐ、「すぐにきて!」とまたUターンしてつくと、もう... 夜中、痛い!と訴えた脾動脈瘤の破裂から二度心停止(後で五回と説明が変わった)をし脳に損傷を受けているという義父の最期の状態は、口にそうかんされ周りのテーピングにはまだ血が吹き出し、目は時折、カッと見開いたりうつろになったり、呼びかけに反応はあるのかどうかわからない状態。

とてもショッキングな状態なので子供達はまだ待合室に待たされて私が先に入りました。

呼びかけて手をさすり、泣きながら... そんな時にパパが子供達を連れて病室に入ってきました。

一人一人を抱き上げ義父に見えるように間近で

「お父さんみんなきたよ!頑張らなきゃだめだよ!」

子供達と一緒に一生懸命呼びかけました。そばにいた医師達はいつの間にかでていき...。

義母や義姉も入り...。

初期の胃ガンでいい先生がいる設備の整った大病院で、こんなことになるなんて、とても信じらんないけど、こうなる布石はあったはず。

はじめの腹腔鏡手術は失敗、縫合不全、土日の看護体制、CTの撮り間違いや取り忘れ?怠慢?、主治医のお盆休み、副主治医でもない助手の医師の管の入れ替えのミス... 個室1日10500円の部屋に31日間いただけでも、一体いくらになるだろうと思っていた8月1ヶ月分の請求は5万5千円...。 いったいどういうことなんでしょうか。

未だ、気持ちがおさまりません。

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2009年8月25日

夏休み

今日はおにぎりを11個作って、3個は折り詰めに 8個はタッパーにいれて、扇屋の「うまかんべまんじゅう」を買い、東京駅で実家の父と待ち合わせ。

四分遅れでついた東北新幹線から父と子供たちが待つ東海道新幹線のホームにいくと父はバトンタッチで反対ホームの新幹線に飛び乗り...あやうくお土産とおにぎりを渡しそびれそうになりました。

往復切符って一度改札通らなくてもいいんでしょうか...。

子供たちをしばらく実家で預かってもらい私とパパは仕事三昧。

義父の胃ガン手術の経過がよくなく...いつも長期休暇は義父たちに子供たちを任せっぱなしだったので、実家の助けでとても助かりました。

三週間ぐらい見舞いにも行けなかったので、東京からの帰り道、宇都宮で降りパパに迎えにきてもらい病院へ行きました。

手術直後、縫合不全をおこし肺に1リットル以上も水がたまって息づかいが全力疾走したように呼吸がとても苦しそうにしていたのに比べ、一週間以上ICUにいたけど、話しかければ反応や少しは会話もできるようになっていて、少しほっとしました。
義母と義姉が交代で付き添い、急にこみ上げてくる嘔吐やたんの対処をしてくれるはずが居眠りしてたり、病室にいなかったり、ほんと...(パーという手振り)なんていう、お父さんらしいブラックなジョークも。

帰り際にパパが義父と握手したあと、「○○ちゃんも頑張ってね」と私にも手を出してくれました。「私も頑張ります!お父さんも頑張ってくださいね」
というと、急にウルウルきてしまいました。


経理担当者の悪性リンパ腫という急な退職でとにかく7月からはめまぐるしい...。
本気で挫折しそう、やめたい...けどやめらない状況にもがいています。
一難さってまた一難、本当に私、お祓いでもしてきた方がいいんじゃないかと考えたり...。


でも、頑張らなくちゃ
と思い直しました 。

2009年7月26日

急変

1ヶ月ほど前に胃カメラ検査で分かった、義父の胃ガン。

先週入院し、翌々日、腹腔鏡下胃切除手術を受けた。

2/3程、胃を切除し、そのリンパ周辺部までの量はバットに山盛りの量だったそう。

翌日からは、ガスが出れば(腸が動いたことが確認されれば)水分がとれる、

ところが、肺気腫も患っている義父は、手術のせいでずいぶんと体力を消耗してしまい、

ベッドを起こす段階で息切れが激しく、看護婦さんからも「これではとても歩けませんね、今日はやめましょう。」

と言われるくらい。

空手道場の館長だから、とてもそんなことが起こるとは周りは誰も思っていなかった。

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